日本のジャズ界を代表する歌手、マーサ三宅さんが2024年6月に逝去されたという訃報が報じられました。享年98歳という長い人生の中で、音楽への情熱を貫き、多くのリスナーや後進に影響を与えてきたマーサ三宅さんの功績とその歩みを、改めてここで紹介したいと思います。
■日本のジャズを育てた先駆者
マーサ三宅さん、本名・三宅康子さんは、1926年東京都で生まれました。戦後間もない混乱期にあって、アメリカから輸入されたジャズ音楽は、日本にとって新しい文化であり、多くの人々がその豊かなリズムや即興性に魅了されていきました。マーサ三宅さんは、そんな時代に登場し、やがて女性ジャズボーカリストの草分けとしてその名を知られるようになりました。
マーサさんは1950年代から歌手として活動を開始し、アート・ブレイキー、カウント・ベイシー楽団、サド・ジョーンズ=メル・ルイスオーケストラなど、国内外の多くの名演奏家たちと共演を果たしました。彼女の歌声は、日本語・英語のいずれにおいても自然で、心に響く表現力で知られました。ジャズの本質である「自由な表現」を体現し、観客に深い感動を届け続けたその姿は、まさに真のアーティストであったといえるでしょう。
■教育者としての顔
マーサ三宅さんの功績は、歌手としての活動だけにとどまりません。1980年には「ジャズスクール・オブ・マーサ三宅」を設立し、後進の育成にも力を注ぎました。音楽教育においては、ただ歌い方を教えるだけでなく、ジャズという自由で即興性に満ちた芸術の魅力、そしてその背景にある文化や歴史への理解も重視しました。
スクールからは多くのプロ歌手が育っており、また生徒の中には「ジャズと出会って人生が変わった」と語る人も少なくありません。マーサ三宅さんが「伝えること」「育てること」に持っていた情熱の深さが、こうした成果へとつながっています。
彼女自身が「ジャズは心で歌うもの」と語っていたように、技術と同じくらいに、心の込め方の重要性を説いた教育姿勢は、日本における音楽教育の在り方に一石を投じるものとなりました。
■テレビ・ラジオでの多彩な活躍
歌手、教育者という顔とともに、マーサ三宅さんはメディアでも長く活躍されました。NHKの「ジャズ喫茶」や「セッション505」などでの司会やパーソナリティとしても親しまれ、多くの視聴者にジャズの魅力をわかりやすく伝える役割を果たしました。
音楽業界においてテレビやラジオは、人々が新しい音楽を発見するきっかけとなる大切なメディアです。マーサ三宅さんがその中で担ってきた紹介者としての立場は、ジャズという音楽ジャンルをより多くの人に広めた功績として、大いに評価されるべきでしょう。
■家族とともに音楽と歩んだ人生
マーサ三宅さんの家族も音楽に深く関わっていました。娘の三宅純子さんはジャズピアニスト、そして孫の三宅純さんは国際的に活躍する作曲家・音楽プロデューサーとして知られています。親子三代にわたって音楽に身を置いたその暮らしは、まさに「音楽と共にある暮らし」を体現しているといえるでしょう。
長年にわたる彼女の活動は、ただ一人の歌手としてではなく、家族、共同体、そして次世代へと音楽の火を絶やさずに灯し続けた一人の文化人としての側面も持っています。
■ジャズの魅力を語り続けた生涯
晩年になってもその音楽への情熱は衰えることなく、ステージに立ち続ける姿は多くのファンに勇気と希望を与えました。こうした活動を通して、マーサ三宅さんは「年齢にとらわれずに自分のやりたいことを貫く」ことの重要さを社会に示し、人生の先輩としての尊敬を集めました。
彼女が舞台で最後に歌った1曲が何だったか、多くのファンの記憶に残っているかもしれません。その歌には、今を生きる人々へのメッセージ、人生はいつまでも輝けるという信念が込められていたように思います。
■別れに際して思うこと
マーサ三宅さんが残した功績は、音楽だけでなく、人を育て、文化を支え、多くの人々の心に希望の火を灯してきたという点にあります。日本のジャズの草創期から現在までを駆け抜け、その存在自体が「ジャズの歴史」ともいえる存在でした。
彼女の存在をきっかけにジャズに興味を持った人、彼女に教わって音楽の道を志した人、テレビやラジオで彼女の声に癒された人—数多くの人々が、それぞれの形で彼女に影響を受け、今なおその存在を心に感じているのではないでしょうか。
マーサ三宅さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。そして彼女が築いた音楽の道が、これからも多くの人に受け継がれていくことを願ってやみません。
■追悼のことばに寄せて
ジャズという音楽は、「今この瞬間の感情を音で表現する」芸術です。マーサ三宅さんが歌声で伝え続けてきたメッセージは、「生きることの喜び」や「愛」、そして「何かを信じる心」だったのではないでしょうか。
彼女の歌声はもう舞台で聴くことはできませんが、その歌や言葉、後進へ残してきた教育、そして家族に受け継がれた音楽の魂は、これからも生き続けるでしょう。今一度、彼女の歌声に耳を傾け、その温かさに、そして力強さに包まれてみてはいかがでしょうか。
マーサ三宅さん、本当に長い間お疲れさまでした。そしてありがとうございました。あなたの音楽は、これからも多くの人々に愛されることでしょう。