2024年の春、政府が議論を進めている「106万円の壁」の見直し法案が大きな注目を集めています。これまで多くのパートタイム労働者や配偶者にとって、自身の収入を制限せざるを得なかったこの壁。家計のためにより多く働きたいと思っていても、社会保険料の負担や扶養の仕組みからくるデメリットを避けるために、働く時間を抑えてきた人々にとっては見逃せない変化となるかもしれません。今回は、この「106万円の壁」に関する法案提出の背景や趣旨、そして私たちの生活に与える影響について、わかりやすく整理していきます。
■「106万円の壁」とは何か?
まず、「106万円の壁」と呼ばれている制度の概要について触れておきましょう。これは、年収106万円を超えると一定規模以上の企業(従業員101人以上)に勤めるパートタイマーの方を対象に、社会保険の加入義務が発生するというルールです。
具体的には、厚生年金や健康保険への加入が求められるようになり、労働者は自ら保険料の一部を負担しなければならなくなります。これによって手取り収入が大きく減ってしまうため、年収が106万円を超えないように労働時間を調整する人が少なくありません。
■「壁」がもたらす経済的・社会的影響
当初の制度設計では、パート労働者の社会保障を充実させる目的があったものの、結果として多くの労働者が「働き控え」を選択するようになり、労働市場に歪みが生じているのが現状です。特に、扶養の範囲内で働く配偶者が106万円近辺で業務をセーブすることで、企業としても必要な労働力を確保しづらくなるという課題が生じています。
また、日本全体の労働力不足が深刻化する中で、働ける人がフルに活躍できない制度的なハードルが存在していることは、社会的にも大きな損失です。少子高齢化が進む中、可能な限り多くの人が意欲的に働ける環境を整えることは、日本経済全体の底上げにもつながるでしょう。
■政府が進める制度見直しのポイント
こうした背景を受け、今回政府は「106万円の壁」に関する見直し法案を国会に提出する意向を固めました。主な柱としては、社会保険の加入によって手取りが減るという逆インセンティブを緩和するため、「企業に助成金を出す」などの支援措置が柱となります。
具体的には、パート従業員が労働時間を増やして結果的に社会保険に加入する場合、企業側はその保険料の一部を助成金で補填することが可能になります。これにより、企業も積極的に雇用時間を延ばすことができ、働く側も安心して収入を増やすことができる仕組みです。
さらに、これは労働者だけでなく企業にとってもメリットがあります。助成金によって人件費の負担軽減が見込めるため、安定的な人員確保が期待できます。また、短時間勤務にとどまっていた有能なパート従業員が、安心してフルタイムに近い働き方へと移行できる機会も広がります。
■現場の声──歓迎と懸念、双方のリアル
こうした動きについて、現場ではさまざまな声が挙がっています。あるスーパーマーケットで働くパートタイマーの女性は、「もっと働きたい気持ちはあったけれど、社会保険料を払ってまで手取りが減るのは意味がないと思っていた」と語ります。「夫の扶養から外れてまで働くことにメリットが見えづらかったが、今回の法案が通れば前向きに働く時間を増やしたい」と話すなど、変化への期待が高まっています。
一方で、中小企業の雇用主からは、「助成金が出るのはありがたいが、手続きや条件が煩雑だと結局利用しにくいのでは」との懸念もあります。行政手続きの簡略化や、制度の周知とサポート体制の強化が重要であることが、こうした声からも分かります。
■制度を活用するために必要なこと
今後この法案が成立・施行されれば、実際に制度を活用するための行動が重要になります。働く人自身が制度の内容を正しく理解し、自分の働き方やライフスタイルに応じて収入の調整を考えることが必要です。また、雇用主側も新制度の趣旨をよく理解し、従業員と協力しながら導入を進めることが求められます。
特に大切なのは、「働きたい人が、働きたいだけ働ける社会」を実現すること。そのためには、制度的な支援だけでなく、職場の風土や働き方の柔軟性にも目を向けていく必要があるでしょう。
■まとめ:「壁」を越えて、新しい働き方へ
106万円の壁という、ひとつの「制限」が見直されようとしている今、それは単に所得の問題ではありません。家計、労働、そして社会保障という、日本社会の大きな柱にまたがる重要なテーマです。
この法案が実現すれば、多くのパートタイマーや扶養内労働者が自分の希望をより自由に反映した働き方を選べるようになります。一方で、制度運用が始まった後におけるフォローアップや周知徹底が不可欠です。政策が現場に届き、「誰もが活躍できる社会」に一歩近づくためには、政府・企業・個人それぞれの取り組みが鍵を握っています。
少子高齢化やコロナ禍を経て、私たちの働き方も、生活スタイルも大きく変化しています。今回の制度見直しは、こうした変化をきっかけに、日本全体で前向きな議論を深めていく好機とも言えるでしょう。
106万円の壁の今後の動向に注目しつつ、自分らしい働き方を見つけていくための一歩を私たち一人ひとりが考え始める時期が、いまかもしれません。