2024年、我が国のサイバーセキュリティの転換点とも言える新たな法律、「能動的サイバー防御法」が国会で成立しました。この法律の施行は、サイバー攻撃が日増しに高度化・巧妙化する現代において、国家・企業・個人がその脅威に対抗する手段を強化するための取り組みでもあります。この記事では、「能動的サイバー防御」とは何か、法成立の背景、この法律によって変わること、そして私たちの生活への影響について平易な言葉で解説していきます。
能動的サイバー防御とは?
従来、日本では「受動的」あるいは「防御的」なサイバー対策が中心でした。これは、攻撃を検知し、その被害を最小限にとどめるための技術や体制を整える、いわば「盾」による守りの戦略です。しかし、能動的サイバー防御はこれとは異なります。攻撃の兆候を察知した段階で、相手の通信を遮断する、または通信元のIPアドレスを偽装して追跡するなど、より「積極的に」リスクを排除しにいく戦略です。
つまり、相手が攻撃を仕掛けてくるのをただ待つのではなく、先手を打って対応する「攻めの守り」と言い換えることもできます。実際には、サイバー攻撃者の中には、官公庁や重要インフラに対してマルウェアを仕込んだり、不正アクセスを試みたりするケースが多く報告されています。それに対し、いち早く攻撃者の特定や経路遮断といった能動的措置を講じることで、被害そのものを防ぐ施策が必要という声が高まっていました。
法成立の背景
この法律が成立した背景には、国際的なサイバー攻撃の激化があります。国をまたいで行われるサイバー攻撃の多くは、特定の国や組織に属するハッカー集団によって実施されており、巧妙に匿名化されているため、攻撃元の特定や対応に多くの時間と労力がかかります。さらに、攻撃されてから対応する従来の体制では、ダメージを完全に回避することは難しいという現実も存在します。
加えて、2024年の国際的なスポーツ大会や政治イベントの開催、日本企業の海外進出の拡大など、日本が世界の注目を集める機会が増える中で、国家レベルでの防衛体制強化が急務とされました。実際に、電力会社、水道局、病院、交通機関など、社会生活の基盤を支える重要インフラへのサイバー攻撃は、国民生活に甚大な影響をおよぼす恐れがあり、予防的な対応が求められています。
法律の概要としくみ
今回成立した能動的サイバー防御法により、サイバー攻撃の兆候があると判断された場合、国が関係機関と連携して、相手の行動を妨害・監視する権限を得ることになります。主に、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や総務省、防衛省などが連携し、民間企業や通信事業者とも協力体制を築きながら、情報収集・分析・即時対応をおこなっていきます。
とくに注目されるのは、通信事業者に一定の協力を義務付ける点です。これにより、攻撃とみられる通信の発信元情報やログなどについて、サイバー防御機関に速やかに提示されるようになります。また、攻撃の発信元とされるサーバーについては、国内外を問わずアクセス制限や逆探索的な調査が可能となります。
ただし、ここで重要なのは、この法律があくまでサイバーセキュリティ対策に特化したものであり、個人情報の不当な収集や、言論の自由の侵害などが行われないよう、厳格な運用ルールが設けられていることです。個人のプライバシーを保護する観点からも、運用には慎重さが求められます。
多くの企業や団体が注目するこの法制度ですが、利用者としての私たち個人にも役割や責任が求められる場面が増えるかもしれません。たとえば、自社のネットワークにつながる端末のセキュリティについて見直す必要があるでしょう。ウイルスソフトの導入やソフトウェアのアップデートを怠らないこと、身に覚えのないメールやリンクを不用意に開かないなど、基本的なリテラシーが今後より一層重視されます。
私たちの生活への影響
この法律の成立によって、国家レベルでの監視や対策が強化される一方、私たちの日常にも少なからず影響を与える可能性があります。たとえば、通信事業者が攻撃に関連すると疑われる通信ログを監視する仕組みを採用することで、一部の通信が制限されたり遅延するような事態も想定されます。しかし、それはあくまで全体の安全性を確保するための措置であり、不正アクセスやマルウェアによる被害を未然に防ぐという大きな利点があります。
また、企業においてはこれまで以上にサイバーセキュリティへの対策が求められるようになります。この法律に基づく能動的な対応に加え、企業内部での情報管理や教育体制の強化も同時に求められるでしょう。とくに、テレワークが普及した現在では、家庭と企業内ネットワークの境目があいまいになっており、個人の意識が組織そのもののセキュリティレベルを左右するという側面も無視できません。
今後の課題と展望
能動的サイバー防御が制度として取り入れられたことで、日本のサイバーセキュリティは新たなステージに入りました。しかし、一方で課題も残っています。たとえば、誤って無関係な通信を取り締まってしまった場合の責任や、海外企業との連携、国際法との整合性など、今後の運用の中で柔軟に対応していかなければならない点もあります。
また、サイバー攻撃は技術の進化とともに形を変えていきます。AIによる攻撃の自動化、高度なフィッシング詐欺、深層ウェブを利用した隠密な通信など、これまでにない手法を用いた攻撃も予想され、常に最新の知識と技術を取り入れる努力が必要です。
まとめ
「能動的サイバー防御法」の成立は、国民の暮らしや企業の活動、そして国家の安全を守るための新たな一歩です。この法律がもたらす変化は、ただ国が何かをするという一方通行のものではなく、私たち一人ひとりがサイバーリスクに目を向け、日頃からそれに備えた行動をとることが求められています。
安全なネット社会を築くためには、国・企業・個人がそれぞれの役割を果たすことが不可欠です。今回の法改正をきっかけに、ますます進化するサイバー空間をどう安心・安全なものにしていけるのか、これからも私たちの関心と行動が問われていきます。