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偏見ではなく理解を:肥満をめぐる自己責任論を超えて

近年、健康やライフスタイルに対する関心が高まり、肥満に対する社会的な視線も厳しさを増しています。「肥満は自己管理の甘さ」「怠けているから太る」といった見方は、日常の中でしばしば耳にされる意見です。しかし、こうした考え方がもたらすのは、当事者への不要なプレッシャーや精神的な負担であり、それ自体が新たな健康リスクとなり得ます。

2024年5月、日本肥満学会の春季学術集会において、肥満に対する「自己責任論」は偏見にあたるという問題提起がありました。識者たちは、肥満を巡る社会の固定観念が当事者へのスティグマ(偏見や差別)を生んでいる現実に強く警鐘を鳴らしています。

本記事では、この学術集会を中心に、肥満を巡る現状、偏見の背景、そして私たちができる理解へのアプローチについて考えてみたいと思います。

肥満を自己責任とする社会の風潮

「痩せていることが美徳」「健康な体型こそが自己管理の証」といった価値観は、メディアやSNSを通じて日々発信され、多くの人々に影響を与え続けています。一方で、肥満に対しては「怠惰」「意志が弱い」「自業自得」といった否定的なイメージがつきまといがちです。

これらの考え方が根付いてしまうと、肥満はあたかも本人の努力不足の結果であるかのように受け止められます。しかし、実際には遺伝的要因や生活環境、経済状況、心理的ストレス、ホルモンバランスの乱れなど、肥満の原因は極めて複雑です。食習慣や運動習慣だけで説明できるものではありません。

学術集会では、識者の一人が「肥満を自己責任ととらえることは、医学的根拠に基づいていない偏見だ」と明言しました。実に多くの肥満患者が、努力を重ねつつも改善に至らない現実に直面しているといいます。

「肥満スティグマ」がもたらす弊害

肥満に対する偏見や差別は「肥満スティグマ」とも呼ばれ、医療現場や職場、学校、さらに家族や友人関係の中でも見られることがあります。このスティグマは、当事者にとって心の深い痛みとなり、自尊心の低下やうつ症状を引き起こす原因にもなります。

さらに大きな問題として、こうした偏見にさらされることで医療機関の受診をためらう人が増え、適切な治療の機会が損なわれてしまうことがあります。例えば、「太っているから怒られるのではないか」「医師に説教されるだけではないか」と感じて検診や相談を控えてしまうケースです。

日本肥満学会はこれに対して、「肥満は治療が必要な慢性疾患である」との立場を改めて表明しました。本人を責めるのではなく、医療や支援を通じて改善を目指すことが必要だという視点が共有されました。

肥満の多様な要因を理解する

肥満には、エネルギーの過剰摂取と消費のアンバランスだけでなく、精神的な要因も多く含まれます。例えば、過度なストレスや不安、抑うつ状態は暴飲暴食の引き金となることがありますし、貧困や家庭内の問題など社会的環境も大きく影響します。

また、女性の産後肥満や更年期に伴う体重増加、子どもの成長期に見られるホルモンの影響など、ライフステージによっても変動することがあります。「太る理由」は一人ひとり違い、画一的な評価では真実にたどり着けません。

誤った常識に縛られるのではなく、それぞれの背景を尊重し、理解し合うことが重要です。

私たちにできることは何か

近年、「ボディポジティブ運動(Body Positivity)」として、すべての体型を尊重しようという機運が世界的に広がっています。これは単なる運動ではなく、「健康」と「自己受容」を両立させるための社会的メッセージです。

私たちに求められているのは、体型で人を判断しない姿勢、そして一人ひとりの「生きづらさ」や「健康の課題」に寄り添う視点です。他人を評価したり批判したりするのではなく、その人自身の内面や努力を知ろうとする姿勢こそが、温かな社会を築く第一歩です。

また、家庭や学校、職場での無意識な言葉にも注意を払いたいものです。「太っているからだらしない」「もう少し痩せたほうがいい」など、何気ない一言が相手を深く傷つける場合があります。逆に、「一緒に健康を目指そう」「あなたはそのままでも素敵だよ」といった言葉は、当事者に大きな安心と希望を与えることができます。

医療と社会の連携が必要

肥満対策には、本人の努力だけに頼るのではなく、医療や行政、地域社会との連携が欠かせません。例えば、栄養指導や運動指導、心理療法、サポートグループなど、包括的な支援体制が必要です。

また、企業や自治体が「体型に拘らない人材評価」や「健康的な職場づくり」に取り組むことも、偏見を和らげるための有効な手段です。

医療現場においても、専門的な知識とともに、当事者への共感や尊重をもった対応が求められる時代になっています。BMIの数値だけで健康を判断するのではなく、ライフスタイルや生活背景を踏まえた上での支援が不可欠です。

おわりに:共に生きるための理解を深めよう

肥満に対する「自己責任論」は、一見すると個人主義的で合理的に聞こえるかもしれません。しかし、実際には科学的根拠の乏しい偏見であり、多くの人々に不必要な苦しみをもたらしています。

社会は多様な人々によって成り立っており、「理想の体型」も人それぞれ異なります。外見だけではその人の生き方や努力、価値観は絶対に判断できません。

これからの社会には、互いの違いを受け入れて共に生きる力が求められています。私たち一人ひとりが、「偏見を持たない」「相手の立場に立つ」「理解し合う姿勢」を意識すること。それが、偏見をなくし、誰もが安心して暮らせる社会をつくる第一歩なのではないでしょうか。

今日、自分の周囲にどんな言葉や態度をとっているか、少し立ち止まって考えてみる。その積み重ねが、きっと大きな変化につながることでしょう。