対馬の仏像盗難事件、12年半ぶりに返還へ──長きにわたる文化財返還問題に終止符
2024年4月、日本と韓国の間で長年の外交・文化遺産返還問題となっていた「観世音菩薩坐像(かんぜおんぼさつざぞう)」が、ついに日本側に引き渡されることが決まりました。仏像は2012年に長崎県対馬市の観音寺から盗難されたもので、その後、韓国内の寺に持ち込まれていたことが明らかになっていました。盗難から実に12年半、文化財のあるべき姿がようやく取り戻されつつあります。
本記事では、この事件の経緯、日本と韓国の間で続いた所有権を巡る対立、そして返還決定が持つ意味について、改めて深く掘り下げてみたいと思います。
盗まれた「観世音菩薩坐像」とは
問題となった「観世音菩薩坐像」は、対馬市にある観音寺の本尊として長年祀られてきた仏像です。全高50.5センチ、鎌倉時代後期から南北朝時代(14世紀)にかけて制作されたとされ、木造による優雅で落ち着いた姿が特徴です。文化的・歴史的価値が非常に高く、「対馬を代表する仏像」とも称されてきました。
ところが2012年、同じく対馬市にある別の寺院「海神神社」から共に仏像が盗まれるという事件が発生しました。犯行グループは韓国人で構成されており、盗まれた仏像は密かに韓国国内へ持ち込まれていたのです。韓国当局によってその後押収されたことで無事回収されましたが、ここからが問題の始まりでした。
韓国での所有権争いと裁判の長期化
仏像が韓国国内で発見され、韓国政府によって一時的に保管される中、韓国の浮石寺(プソクサ)という寺院が仏像の所有権を主張します。彼らの主張によれば、観世音菩薩坐像はもともと浮石寺から日本へ不当に持ち出されたものであり、それを取り戻すためだというのです。
2017年、韓国大田(テジョン)地裁は仏像について、浮石寺に所有権があるとする判断を下します。韓国の文化財庁もこれを受けて、本来出所であるとする浮石寺側に返還することを一時決定しました。
これに対し、日本政府および観音寺側は「仏像は日本国内で合法的に所蔵されてきたものであり、盗難によって不当に国外に持ち出された。」として、返還を強く求めていました。結果として、日韓間でまた一つナイーブな外交問題として浮き彫りとなり、文化財の扱いをめぐる法的・道義的な議論が続いたのです。
国際的な文化財保護と「盗難文化財の返還原則」
この事件は、単なる所有権争いではなく、国をまたいだ文化財保護の在り方を問う重要な判例とも言えます。
1970年にユネスコが採択した「文化財の不法輸出入等の禁止および返還に関する条約」では、文化財の不正な流通を防ぐため、盗難などで国外に持ち出された場合、原則として元の所有者または国に戻すことが求められています。
今回の対馬仏像についても、日本の観音寺から盗難により持ち出されたものであることが明白であり、国際条約の精神に則るならば、返還されるべきという声が強く上がっていました。韓国国内でもこのまま無期限に保管し続けることへの疑問の声が増え、ついに国家が返還の決定に踏み切ることになったのです。
長崎県・対馬市の反応と今後の課題
今回の返還決定に対して、長崎県と対馬市の関係者は喜びをにじませています。文化庁も「文化財が適切な形で返還されることは、文化財保護の理念の実現につながる」とする談話を発表しています。
一方で、仏像返還に向けたスケジュールや具体的な方法など、詳細は今後の両国間協議次第です。韓国側が仏像を観音寺に戻す際の方法や安全な移送、返還式をいつどこで行うかといった段取りの調整が必要となるでしょう。
また、盗難に弱い伝統的文化財について、日本国内での管理体制の見直しも急務です。寺社仏閣の多くは個人運営や小規模自治体によって管理されており、人員不足や資金不足から防犯設備が十分とは言えないケースが少なくありません。今回の事件を教訓として、文化財保護の意識を高めることが今後ますます重要になるでしょう。
文化財は「人類共通の財産」
今回、12年半の時を経て日本へと戻ることになった観世音菩薩坐像。盗難により一時的に自国の文化財が失われ、さらに所有権を巡っては国際問題にまで発展したという点で、歴史に残るような文化財返還事例となることは間違いありません。
私たちは文化財を、単なる物質的なトレジャーではなく「人類共通の財産」として捉える視点を持つことが求められています。どこの国に保存されていようとも、それが正当にそこにあるかどうか、そして未来世代のために保存され得ているかが問われるのです。
今回の仏像返還決定が、今後の各国間の文化財保護への意識向上と協調的な取り組みの一歩となることを願ってやみません。
今後、仏像が観音寺に戻り、再び多くの人々に拝観される日がくることを、国内外の文化財ファンが共に心待ちにしていることでしょう。そしてこの出来事が、より多くの人にとって文化遺産や歴史の重みに触れる契機となることを期待します。