Uncategorized

信じる力が社会を動かす──冤罪を乗り越えた元官僚・村木厚子の現在地

今なお注目を集め続ける村木厚子氏──「冤罪」を乗り越えた信念と語り継がれる仕事への姿勢

2024年5月、日々厳しい目が向けられる官僚の世界において、人々の心に深く残り続けている一人の公務員が再び注目を集めている。それが元厚生労働事務次官・村木厚子(むらき あつこ)氏だ。彼女の名を知る人は多いだろう。が、その名が象徴するのは、単なる高級官僚としての地位ではない。それは「冤罪」という壮絶な試練に耐え、品位と信念を貫いた人物としての存在感だ。その生きざまは、万人に響く教訓と示唆に富んでいる。

「郵便不正事件」という名で記憶されることになった事件は、2009年、大阪地検によって厚生労働省の局長であった村木氏が逮捕・起訴されたところから始まった。当時、障害者団体向けの郵便割引制度をめぐって、架空の団体に不正に割引適用を認めたとの疑惑がかけられた。これにより、彼女は職場を離れ、長期にわたる拘置生活を余儀なくされることとなる。しかし、次第に事件の構図は崩れていき、証拠として提出された文書の改ざん、検察側の不適切な捜査手法が明らかになっていく。そして2010年、村木厚子氏は無罪判決を勝ち取る。裁判官の口から「無罪」の言葉が読み上げられたとき、全国には静かな衝撃が広がった。

だが、そこで終わりではなかった。本来であれば公職から引くこともできた彼女は、裁判後も厚生労働省に復帰。2013年には女性初の厚労省事務次官に就任するという快挙を成し遂げることになる。民間企業であれば名誉の挽回は難しい環境下で、自らの正義と実行力で再び組織の頂点に立った彼女の姿は、多くの働く人々──特に女性たちにとっての希望となった。

村木氏の歩みは、その後も「公益と信頼」を軸に広がっていく。退官後は内閣府の男女共同参画会議議員などを務める他、障害福祉や子どもの貧困などの社会的課題に取り組み、講演や執筆を通じて自らの経験を語り継いできた。彼女の発言には常に誠実な眼差しが感じられ、それは組織の中にいても、個人であっても、”自分の信じるもの”に責任を持つことの大切さを教えてくれる。

2022年に放送されたNHKスペシャルのドラマ「詐欺と戦う~村木厚子 72歳の挑戦~」では、現代社会に蔓延する高齢者詐欺対策に民間団体と協力して尽力する彼女の姿が描かれた。被害者の心理に寄り添い、組織間の障壁を乗り越えようと奔走する姿が多くの視聴者の胸を打った。作中の彼女の言葉、「行政も、市民も、もっとお互いを信じあえる関係になれるはずです」というセリフには、冤罪という信頼の根幹を揺るがされる経験をした彼女だからこその説得力がある。

実際、村木氏の言動は、単なる理想論ではなく、あくまで現実的な行動に基づくものである。記者会見や講演の場などで彼女が繰り返すのは、「役所に対してただ怒るのではなく、市民としてどう関わっていけるかを考えてほしい」というメッセージだ。組織の中で働くすべての人が「善意」で行動しているとは限らないかもしれない。だが、多くの職員が社会のために働き続けていることもまた事実であり、その現実をきちんと見つめようという思考は、官僚バッシングが繰り返される現在にこそ必要な視点ではないだろうか。

ヤフーニュースで取り上げられた記事では、そうした村木氏の現在の活動が紹介された。氏は今、高齢者の特殊詐欺被害の削減に向け、地域や企業、自治体と協力し合う新しい仕組みづくりに携わっている。行政と民間、被害者と加害者の間にある閉ざされた構図を壊し、人と人、人と社会を繋げ直すために尽力しているその姿は、彼女が「冤罪から学び、自分の力にした」ことを何より証明している。

村木厚子氏は、終始一貫してブレない価値観を軸に生きてきた。「役所は、制度やルールを守ることが主たる使命。でもその制度の向こう側には、『人』がいるという理解が必要だ」と述べる彼女の視点は、冷たく思われがちな行政組織に温度と厚みを与えようとする挑戦でもある。分断されがちな社会の中で、村木氏の生きざまは、常に「人間」を真ん中に置いた、あたたかくも力強い働き方を教えてくれている。

混迷極まる日本社会において、村木厚子という一人の元官僚から学べることは少なくない。信頼が裏切られたときにこそ、「信じること」の価値が試される。今を生きる私たちにとって、その歩みと言葉は、きっとこれからの指針となるだろう。