2024年5月、大分県の道路で起きたある交通事故が、全国的な議論を巻き起こしています。その理由は、事故の被害にあったのが「天然記念物」に指定されている「ニホンカモシカ」だったからです。ニュースによると、同県日田市内で50代の男性が運転していた乗用車が道路に出てきたニホンカモシカと衝突し、カモシカはその場で死亡しました。
この事故そのものは、道路上で野生動物と遭遇した場合に誰にでも起こりうる事例ではあるものの、注目されたのは「事故を起こした運転者は法律上、どこまで責任を問われるのか」という点。そして「天然記念物を死なせることに対して、一般市民にも罪があるのか?」という問いかけでした。
この記事では、ニホンカモシカがどのような動物で、なぜ天然記念物に指定されているのか、また法律上どのような保護がされているのか、それを踏まえて今回のような事故に対する法的処遇の考え方について、わかりやすく解説していきたいと思います。
なぜニホンカモシカは天然記念物なのか?
まず、ニホンカモシカとはどのような動物なのでしょうか。ニホンカモシカ(学名:Capricornis crispus)は、日本固有の動物で、主に本州・四国・九州の山林に生息しています。ヤギのような体格を持ち、黒っぽい体毛とクリクリとした目つきが特徴的な、見た目にも愛らしい野生動物です。
ニホンカモシカはその希少性と生態系における重要性から、1955年に文化財保護法による「特別天然記念物」に指定されています。この指定によって、捕獲や傷つけること、飼育することなどが基本的に一切禁止されており、厳格な保護対象とされています。
天然記念物を傷つけたり殺したりすることは違法?
文化財保護法によれば、特別天然記念物を許可なく傷つけたり殺したりすることは原則として違法です。第125条では、違反した場合には「5年以下の懲役または30万円以下の罰金」が科せられる可能性があると定められています。
…と聞くと、「車での偶発的な事故でも罪になるのか?」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、法律には「故意」または「過失」がなければ責任を問われないという基本原則があります。
つまり、事故が避けようのない突発的なものであり、運転者が安全運転をしていたにも関わらず発生した場合には、法律違反と認定される可能性は低くなります。実際、今回のニュースにおいても、警察は「器物損壊などの罪に当たるかどうかを含めて捜査している」としており、直ちに違法行為として断定されるものではありません。
動物と車の衝突事故は珍しくない
日本全国において、野生動物と車の衝突事故は毎年かなりの数が発生しています。特に北海道や長野、岐阜など山間地域では鹿やイノシシとの接触事故が多く報告されており、事故の件数は年々増加傾向にあると言われます。また、最近では市街地への野生動物の出没も増えており、自然との距離がどんどん縮まっているのが現実です。
こうした事故を完全に防ぐのは難しいのが現状ですが、運転者としては山間部の道路ではスピードを控えめにし、見通しの悪いカーブや夜間運転時にはヘッドライトで前方に注意を払うなど、できる限りの安全策を講じることが重要です。
どうしても罪になるケースとは?
一方で、運転者に過失がある場合には、天然記念物であれそうでなかろうと、法的責任が問われる可能性があります。例えば、スピードの出し過ぎやながら運転(スマートフォンの使用等)をしていたにも関わらず衝突したとなると、それは安全義務の違反と見なされるかもしれません。この場合、過失によって国の保護対象である動物を死なせたと判断され、文化財保護法違反に問われるという可能性もゼロではありません。
つまり「天然記念物だから責任が重くなる」というよりも、「結果として天然記念物が被害にあったという事実がある場合、運転時の行動がより厳密に問われることがある」と言った方が正確かもしれません。
人と自然との共存の在り方を考える機会に
今回の事故は、運転者が意図して引き起こしたものではありませんが、それでも「天然記念物である野生動物が死亡した」という事実は社会的にも衝撃を与えました。この出来事を通して、私たち一人ひとりが「人と自然との距離」「どのように共存していくべきか」という視点で、日常の行動を見直す機会にもなりえます。
また、行政や地域としても、危険区域に注意喚起の標識を設置したり、野生動物の出没情報を地元住民と共有する仕組みを整えたりすることが、今後ますます求められるでしょう。運転者だけに責任を押し付けるのではなく、社会全体で事故を未然に防ぐ努力をしていく必要があります。
まとめ:天然記念物との事故で私たちが考えるべきこと
天然記念物であるニホンカモシカとの交通事故は、誰にでも起こり得る可能性のある出来事です。しかし、それが「国の宝」として保護されている存在である以上、その意味や法律上の扱いが注目されるのは避けられません。
大切なのは、どういった状況で事故が発生したのかを冷静に見つめ、今後同じような悲劇を繰り返さないための方策を考えていくことです。そして、私たちが自然と共存していくためには、単に動物を「保護する」だけでなく、日々の行動や社会の仕組みに自然との共生を組み込んでいくことが求められています。
この事故をきっかけに、私たち一人ひとりが「自然との付き合い方」をもう一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。未来の世代のためにも、豊かな自然と人間の社会が共に在り続けられる道を、皆で模索していくことが大切です。