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三菱UFJ信託銀行を再生へ導く“財務官の決断”──浅川雅嗣が挑む信託改革の全貌

「”一刀両断の経営改革”で窮地の三菱UFJ信託銀行を蘇らせた、元財務官・浅川雅嗣氏の軌跡」

日本を代表するメガバンクの一角、三菱UFJ信託銀行が、いま大きな転換点に立っている。長年にわたる固定的な業務体系と、信託業界特有の保守的な運営スタイル。その結果、生じたのは業務効率の鈍化、利益率の低下、そして将来への不安であった。そんな中、大胆な刷新の“舵取り役”として抜擢されたのが、元財務官であり、アジア開発銀行(ADB)前総裁でもある浅川雅嗣(あさかわ・まさつぐ)氏だ。

経済官僚として40年近くにわたって日本の財政や国際金融の最前線で活躍してきた浅川氏は、いま再び日本経済界において注目の的となっている。

2024年6月、複数のメディアが報じたところによると、三菱UFJ信託銀行は、浅川氏を次期会長人事に据える方針を固めたとされる。これは、従来の銀行経営から一歩踏み出した“社外の知見”を大胆に取り込む試みとしても注目を集めている。

浅川雅嗣氏は1958年生まれ。東京都出身で、東京大学経済学部を卒業後、1981年に大蔵省(現在の財務省)に入省。その後のキャリアは、日本の経済官僚としてはまさに“エリート街道”と呼ぶにふさわしいものであった。税制、財政政策、国際金融、外交と幅広い分野で手腕を発揮し、2019年には国際協力機構の改革にも取り組んだ。そしてその年の秋には、日本人として初となるアジア開発銀行の総裁に就任。多国間金融の世界でも高い評価を得た。

その経験からにじみ出る「グローバル感覚」と「財政・金融への深い洞察力」は、国内の金融機関にとっても極めて頼もしい武器となりうる。実際、当時ADBの総裁として取り組んだ持続可能な開発目標(SDGs)や脱炭素金融への舵取りは、国際機関の中でも高く評価された。日本政府も、浅川氏の在任中にADBへの拠出金を強化し、新興国の金融基盤整備へと注力を深めている。

そんな浅川氏が、いま国内の金融業界に戻ってくる。その理由は単なる“天下り”ではない。三菱UFJ信託銀行が今直面している課題は、信託としての本来の収益力の強化と、新たなビジネスモデル構築の遅れだ。かつてバブル期には不動産や年金運用などで圧倒的な収益をあげた同銀行も、預かり資産の規模に比して利益率が低迷し、既存のビジネスからの脱皮が求められている。

これに対し、浅川氏のような変革志向を持ち、多国間金融機関での実務経験が豊富な人物の起用は、MUFGグループ全体の構造改革を視野に入れた高度な判断であると思われる。「三菱グループの中でも最も保守的」と評されてきた信託機能に対して、どう切り込み、未来を形づくるかーー経営再建のシナリオにおいて浅川氏の登場は“劇薬”としての意味合いも含まれている。

注目すべきは、浅川氏が信頼厚い調整型の性格を持ちながらも、非常に合理的かつ冷静な視点を持っている点だ。これまでに築いた国内外の官僚ネットワークや国際金融の知見は、銀行だけでなく日本の金融業界全体にとって新たな指針となる可能性を秘めている。

また、MUFGは、カーボンニュートラルやESG投資(環境・社会・企業統治)を今後の中核事業とする方針を掲げており、その推進に浅川氏のADB時代の経験が活きる可能性もある。アジアの低開発国におけるグリーンインフラ投資のファンド仕組みづくりや、カーボンクレジット市場整備といった分野では、日本の民間金融機関が遅れを取っているのが現状であり、その分、浅川氏の参画には高い期待が集まる。

経済のグローバル化が加速する時代において、銀行経営だけが“内向き”では通用しない。世界の資本市場とつながり、時代に先んじて動く感性を持ったリーダーの存在が求められている。その意味で、浅川雅嗣という人物の“三菱UFJ信託銀行入り”は、財界、政界、そして国際社会を巻き込む大きな波紋となるだろう。

彼が歩いてきたキャリアは決して平坦ではなかったが、その都度、丁寧にステークホルダーと向き合い、高い成果を出してきた事実がある。信託銀行という一見地味ながらも、じつは巨大な金融インフラを支える機能において、どのような革新が起きるのか。いま最も目が離せない一人のリーダーとして、これからの活躍が大いに注目される。