2024年6月12日、俳優・歌手として活躍する今井翼さんが主演を務めるNHKの夜ドラ『VRおじさんの初恋』が、放送開始からわずか数回で熱い話題を呼び、多くの反響を集めている。この作品は谷真介原作の同名漫画を原作に、近未来の日本を舞台に描かれる現代的でありながらも人間味あふれるラブストーリーで、今井翼さんが演じるのは、現実の職場や日常生活に疲弊しながらも、仮想空間「VRChat」の中で自分らしさと新たな恋を見出していく中年男性・小杉を軸とした物語だ。
【“リアルな孤独”と“仮想現実の恋”の交差点】
物語の中心にあるのは、小杉という会社勤めの冴えない中年男性。孤独を抱えながら日々を過ごす彼は、ある日、仮想空間「VRChat」の中で女性アバター“ネカマ”(※インターネット空間上で女性の姿や言葉を使って交流する男性)として行動を始める。ただの現実逃避のつもりが、彼はVR世界で本気の恋をする。ところが相手もまた“女性アバターを使う中年男性”であることがわかってしまう──。
老若男女が技術によって繋がれるこの時代に、現実の性別や年齢、社会的地位を越えた「純粋な心の交流」が可能になったという希望と皮肉が同居したこの物語は、多くの視聴者に「今、自分自身はどこに生きているのか?」という問いを投げかける。
【今井翼が演じる、静かな情熱】
今井翼さんといえば、2002年に滝沢秀明さんとのユニット「タッキー&翼」でデビューして以来、歌手・俳優として日本のエンタメ界で長らく第一線を走り続けた存在だ。2014年には難病であるメニエール病を患い、芸能活動を一時的に休止する期間も経たが、その後も舞台を中心に活躍を再開。2018年には「タッキー&翼」の解散と同時にジャニーズ事務所を退所し、静かに再出発を切った。
そんな今井翼さんがこの作品で演じる小杉役は、これまでの華やかなアイドル時代のイメージとは一線を画している。中年の哀愁、日々に潜む虚しさ、そして仮想空間で見つけた一縷の希望にすがる姿は、地味ながらも実にリアル。そしてそのリアルさが、数多くの視聴者に“自分の姿”を重ねさせている。
彼の繊細な演技には、「派手さ」はない。しかし、言葉の端々や視線、口元のかすかな震えなど、細部に宿る表現力はプロならでは。特に第3話で、小杉がその正体を相手に明かし、「それでもこの思いは本物だった」と静かに涙を流す場面は、多くの視聴者を熱い感動に包み込んだ。
視聴者からも「まさに翼くんだからこそ成り立つ役だ」「かつてのアイドルではない、役者・今井翼の完成形を見た」と称賛の声が寄せられている。
【『VRおじさんの初恋』が問いかける現代】
このドラマがここまで反響を呼ぶ理由のひとつに、「社会の隙間に生きる人々」への視線がある。現代日本は、効率性が求められる社会の中で、人々が“誰でもない誰か”になりやすく、孤独や疎外感が見えづらくなっている。小杉のような中年男性には、それを打ち明ける場も少ない。そんな中、VRという仮想世界が「もうひとつの居場所」を与えるのだ。
また、SNSやオンラインゲームなどバーチャル世界に触れる中で、どこまでが“本当の自分”で、どこからが“演技”なのか──その境界線は年々曖昧になっている。作品を通して描かれるのは、「本当の恋」や「信頼関係」が、リアルとバーチャルのどこに存在するのかという深いテーマだ。
脚本を手がけた加藤拓也氏は、舞台を中心に活動してきた革新派の演出家。感情の機微や現代社会への問いかけを丁寧に描く筆致で知られ、今作でもその手腕が発揮されている。演出は映画『さかなのこ』などで注目された沖田修一監督。独特のテンポと間合いで織りなされるシーンの数々は、虚構であるVRの世界に、どこか「懐かしさ」や「人間味」を感じさせるものとなっている。
【ドラマに込められた“再生”と“希望”】
今井翼さん自身のこれまでの人生も、“再起”の物語に重なる部分がある。アイドル時代には絶頂と呼ばれる瞬間を経験しながら、キャリアの途中で立ち止まらざるを得ない病を患う。しかし、それでも彼は芸能界という仮想にも似た世界に戻ってきた。そこにあるのは、かつてと同じではない、しかし確かに“彼らしい輝き”だった。
このドラマの小杉もまた、「過去ではない今」を懸命に生きている。年齢を重ねた今だからこそ知る愛し方、人とのつながりの尊さ──それは若い世代にはない深みを持って響いてくる。仮想空間ではあるが、彼の恋は誰よりも“真実”で、そして“現実”に寄り添っている。
【未来への光としてのエンターテインメント】
『VRおじさんの初恋』は、多くの人に「この世界に居場所がある」と感じさせてくれる作品だ。単なるラブストーリーではない。現代社会に生きるすべての人々に、「あなたの物語は、まだ始まったばかりだ」と優しく語りかけるドラマでもある。
今井翼という役者が、深い“人間の情”を表現する上でここまで成熟したこと。そしてVRという現代的な題材と、人間の普遍的な感情が交差する脚本の妙。全てが合わさり、今期ドラマの中でも屈指の“見るべき作品”として一際強い光を放っている。
もし、少しでも自分の居場所に悩んでいる人がいるなら──そっとこのドラマを見てほしい。そこに映っているのは、あなたの明日かもしれないのだから。