日本の経済界の重要人物として注目を集める日産自動車の内田誠社長が、東京大学が主催した講演会に登壇し、表舞台に改めて姿を現しました。彼は今回の講演で、自身のこれまでの歩みと経営者としての信念を語り、終盤には電気自動車(EV)という新たな挑戦に対する覚悟を披露しました。その姿は、21世紀の自動車業界を牽引するリーダーとして、あらためて注目されるものでした。
内田誠氏は、1966年生まれ。1991年、神戸市外国語大学外国語学部を卒業後、長年にわたり商社の双日(旧ニチメン)でキャリアを積み、2003年に日産へ入社。その後、バッテリーEVに先駆的に取り組んでいたルノーとのアライアンス戦略など、国際的かつ複雑な経営環境の中で経験を重ね、日本と海外、ビジネスとカルチャーを柔軟に行き来する経営感覚を培ってきました。そして2019年、会長職の解任騒動で揺れた日産を再建すべく、社長兼最高経営責任者(CEO)に就任。その時点での彼は、企業再建という重責を担う立場であり、日本の企業経営にも刮目される存在となったのです。
今回の講演で内田氏は、まず自身の出身地や学生時代、そして社会人としての「原点」について語りました。父親が教師だったこと、幼少期に転校を繰り返したことなど、さりげなく語られるエピソードには、人と環境に柔軟に対応する力を身につける過程が見えました。学生時代に過ごした海外での語学研修やその後の商社時代の経験が、彼の「プレッシャーのかかる環境でも動じない」性格を形作っていったといいます。
特に彼が強調したのは、「企業の目的は社会に対して価値を提供すること」という信念。これは彼の経営哲学に直結しています。日産という巨大メーカーを率いる立場に立ちながらも、「売上」や「利益」だけでなく、「社会と環境に対する責任」を常に考え続けているという姿勢が伝わってきました。その裏にあるのは、2020年代に入り、気候変動やサステナビリティが企業活動に不可欠な要素となった現代への深い洞察でしょう。
講演のハイライトとなったのは、電気自動車(EV)への取り組みに関する話題です。1980年代の後半から長年にわたりガソリン車を中心とした自動車業界は、2020年代に入り急激なパラダイムシフトを迎えています。炭素排出の削減、地球温暖化への対応、そして新興国市場の拡大といった課題に対して、多くの企業はEVへの大規模な投資を余儀なくされています。
日産はその中でも、比較的早い段階からEVに力を入れてきました。世界初の量産型電気自動車「リーフ」を2010年に市場投入し、その後のEV市場での地位を確立。内田氏はこの流れを「日産のDNAである」と語り、「今後もEVと電動化に全力を注ぐ」と宣言しました。2030年までに主要市場で販売する車両のほとんどを電動化するという戦略は、世界に対する明確なメッセージであり、同時に経営そのものの方向性を象徴しています。
講演ではまた、日産とルノー、三菱自動車とのアライアンスについての質問も出ました。企業連携という非常に繊細なテーマにも、内田氏は真摯に応じ、「パートナーとの信頼関係が企業の未来を形づくっていく」と語りました。カルロス・ゴーン元会長の退任以降、不安定だった経営体制を支え続けてきた彼の発言には、企業トップとしての重みが感じられました。
最後に内田氏は、「若い人には、常に変化に挑戦することを恐れず、自分の価値観を形づくっていってほしい」と力強く語りました。特に、環境や社会に貢献することを軸に据えたキャリア形成の重要性を何度も説いていたのが印象的です。
彼の言葉の背景には、複雑化するグローバル経済と技術革新の波を読みながら、持続可能な未来を模索する経営者としてのリアルな葛藤と希望があります。今後、日本の大手企業が世界市場でイノベーションをどう体現していくか。その先駆けとなるのが、まさに内田誠氏率いる日産の「ゼロ・エミッション戦略」なのかもしれません。
未来を拓く挑戦者としての姿をさらけ出した内田社長の講演は、多くの学生や若手ビジネスパーソンにとって刺激に満ちたものでした。変革の時代――。その最前線でリーダーとして求められるのは、知識や情報だけでなく、時代を超えて揺るがぬ理念と覚悟。今回の講演は、それを体現する生きたメッセージだったと言えるでしょう。
日産という企業を背負いながら、「サステナブルなモビリティ社会の実現」という人類の課題に挑む内田誠氏。彼の歩みと思想は、未来を担う私たち一人ひとりに多くの示唆を与えてくれます。変革を恐れず、誠実に、そして着実に未来へと歩む――その姿勢は、今後の日本企業のあるべき姿の一つを映しているように思えてなりません。