2024年6月、次期米大統領選をめぐるアメリカ政界において、民主党内で大きな波紋を呼ぶ出来事が起こりました。現職のジョー・バイデン大統領に対し、党内から「辞退すべき」との声が一斉に上がり始めたのです。その中心にいる人物が、コロラド州選出の民主党下院議員、ジョー・ネグース氏です。
ジョー・ネグース氏は、1984年にアメリカ・コロラド州でエリトリア移民の両親のもとに生まれました。彼はコロラド大学ボルダー校で政治学の学士号を取得後、同大学ロースクールを修了し、弁護士としてのキャリアをスタートさせました。早くから政治に関心を寄せていたネグース氏は、若くして公共サービスに身を投じ、コロラド州消費者保護庁長官などを経て、2018年に連邦下院議員に初当選しました。
彼は、アフリカ系アメリカ人としてコロラド州から初めて選出された連邦議会議員であり、民主党内では若手のホープと名高い政治家です。その誠実な人柄と的確な政策提言によって、マイノリティ層からの信頼も厚く、民主党内からも党の将来を担う逸材として期待されています。
そのネグース氏が、2024年の大統領選挙に向けて、これまでほとんどの民主党議員が守り続けてきた暗黙の了解を破り、バイデン大統領の再選に異議を唱えたのです。きっかけとなったのは、6月末に行われたドナルド・トランプ前大統領とのテレビ討論会(ディベート)でした。
このディベートで、バイデン大統領は冒頭から声がかすれ、言葉が詰まり、肝心の政策説明にも支障をきたす場面が繰り返されました。それは一夜限りの出来事ではなく、過去にもたびたび健康不安が取り沙汰されてきたバイデン氏にとって、国民の信頼を大きく揺るがすものとなりました。
こうした中、ネグース氏は7月7日に開かれた下院民主党の非公開会合で、明言はしなかったものの、「変化が必要だ」との意思をにじませ、「党が勝てる候補にバトンタッチすべきだ」という意見に同調する姿勢を見せました。この会合では、ネグース氏を含む十数人の民主党議員が、バイデン氏の辞退を望む声を上げていることが伝えられています。
特に注目すべきは、ネグース氏のような比較的若い世代の議員が、こうした「世代交代」の必要性を明確に訴え始めたことです。彼らの主張は、「大統領選という国家の命運を左右する分水嶺において、現職の年齢や健康的な持久力が、有権者の信頼獲得に大きな影響を及ぼす」ことを根拠としたもので、単なる権力争いとは一線を画す理知的な姿勢が伺えます。
もちろん、ジョー・バイデン氏は民主党にとって長年にわたる功労者でもあります。オバマ政権下では副大統領として8年にわたり支え続け、2020年の大統領選では現職トランプ大統領を退けて当選。民主主義の原則、気候変動対策、医療制度改革など、多くの面で前進をもたらしました。この実績を重く受け止める有権者や議員も少なくありません。
しかし同時に、アメリカ政治の現場ではバイデン氏の年齢と健康状態への懸念も消えることはなく、「次の4年間を託すに足るリーダーか」という疑問は、徐々に党内でも抑えきれないものになりつつあります。
今回、ネグース氏は表立って辞退を求めたりはしていないものの、「国のため」「党のため」「次の世代のため」に重い一石を投じました。これは民主党内においても決して小さな波ではありません。
同様の思いを抱いている議員は他にもいます。前テキサス州下院議員のベト・オルーク、イリノイ州の下院議員ショーン・キャステンなど、若手の台頭が鮮明になっている今、今後もこうした潮流は加速する可能性があります。
また、民主党の中ではカマラ・ハリス副大統領、カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム氏、運輸長官ピート・ブティジェッジ氏らが、もしバイデン氏が辞退した場合に備えた新たな候補として取り沙汰されてもいます。いずれも実績のある強力な候補者ですが、総合的な支持を得るには、時間と党内の調整が欠かせません。
その中で注目されるのが、ネグース氏のような「次の時代の声」です。彼は政策面でも、教育平等、公的医療制度の強化、移民政策の人道的改革など、幅広い分野で再構築を目指す姿勢を貫いており、「未来を見据えた政治家」としての信頼が日に日に高まっています。
結果的に、2024年の大統領選挙が「現職VS対立候補」の単純な構図から、「世代交代」「次のリーダー像模索」の場へと転換しつつある現状は、アメリカ民主主義の健全な進化を示しているといえるでしょう。
ジョー・ネグース氏が発した小さな言葉、慎重な行動の波紋は、やがて政権の未来をも揺るがす大きな動きになっていくのかもしれません。そして、それはアメリカという広大な国が、新たな時代に向けて産声を上げる瞬間なのです。