2024年6月現在、日本の外交・防衛政策の舵取りを担う要職に大きな転機が訪れようとしています。現防衛次官である小野田壮(おのだ・たけし)氏が退任し、後任として防衛省政策立案の中枢を長らく担ってきた小川真澄(おがわ・ますみ)氏が起用されるという報道が、政治・安全保障の専門家たちの間で大きな注目を集めています。
小川真澄氏といえば、防衛省における実務の知識と国際感覚を兼ね備え、長年にわたり日本の安全保障政策の形成に大きく貢献してきたエリート官僚の一人です。東大法学部を卒業後、旧防衛庁に入庁。その後、防衛政策局をはじめとした様々な要職を渡り歩きながら、日米同盟の強化、自衛隊の運用改革、防衛装備移転といった政策の根幹に携わってきました。
その小川氏が防衛事務次官という官僚トップの座に就くという意味は、単なる人事異動以上のインパクトを持つといわれています。なぜなら、現在の日本を取り巻く国際情勢がきわめて緊迫しており、それに応じて防衛政策の見直しや装備・人員の再編、同盟国との連携強化、さらには防衛費の拡充など、数年先を見据えた戦略的な決断が求められているからです。
2022年末、日本政府は国家安全保障戦略、自衛隊の運用指針となる国家防衛戦略、防衛力整備計画といういわゆる「安全保障三文書」を改定し、「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有や5年間で43兆円を超える防衛費の増額を打ち出しました。このような大規模な方針転換を支えてきたのが、防衛省内の中堅から幹部クラスの実務官僚たちでしたが、特に政策面での理論設計と実務の橋渡し役として中心的な存在であったのが小川真澄氏でした。
彼の政策立案能力は高く評価されており、日米同盟における日常的な協議において米国側高官からも信頼が厚いとされます。米国防総省の幹部たちとのやり取りにも精通し、共通の戦略目標に則った施策実行力を持つ人物として、ワシントンでもよく名前が知られている官僚の一人です。これらの背景が、今回の人事への高評価、そして期待の高さを裏付けています。
一方で、退任する小野田壮防衛次官も、その貢献は大きなものでした。小野田氏は2022年から次官として在任し、防衛力増強の節目となる数々の政策の遂行に尽力しました。日々の与野党折衝や予算獲得といった政治的調整のみならず、省内の統率や国際関係の構築といった多岐にわたる分野での調整力は、防衛政策を安定的に進める上で重要な働きをしました。
では、小川氏は次官としてどのような課題に取り組むことになるのでしょうか。まず何よりも大きなテーマは、短期的には「令和版防衛力整備計画」の進捗管理と、それに伴う制度改革です。装備品の調達においては海外メーカーとの連携や国産化、さらにはサプライチェーンの透明性確保が求められるほか、人的資源の確保も急務となっています。また、自衛隊員の待遇改善や離職防止策といった「人的防衛力」の強化も、現場の持続性を考える上で見過ごせないポイントとなっています。
加えて、台湾有事や朝鮮半島情勢など、シナリオベースで動く緊迫した東アジアの情勢に対し、日米同盟を基軸とする形での抑止力強化と、地域における多国間の軍事協力枠組みの構築が今後の大きな試金石となるでしょう。つまり、小川氏は戦略的なビジョンだけではなく、それを現実化するための行政運営のバランス感覚も求められるポジションに立たされることになります。
さらに国民との信頼関係を築く上でも、小川氏には大いに期待がかかります。昨今、いわゆる「文官優位」の原則と自衛隊としての運用実務のバランスがたびたび問題視され、自衛隊の現場と防衛省官僚との意志疎通・協調が問われています。省内幹部と部隊との信頼醸成、そして国民への透明性をいかに担保するかは、新たな防衛次官として避けられない試練となるでしょう。
その点においても、小川氏の誠実かつ丁寧な物腰、そして現場と政策部門の間をつなぐ能力は大きな強みと言えます。筆者がかつて防衛省関係者に取材した際にも、「小川さんなら話が通じる」「論理も立っていて公平感がある」といった評価が多く聞かれました。外部との交渉だけでなく、省内の内部調整においても重役を務められる人間性と戦略感覚を備えた人物です。
今回の防衛事務次官交代は、単なる人事ではなく、日本がこれから10年にわたって直面する数々の安全保障上の課題に向き合うための、新たなステージの幕開けを意味しています。小川真澄氏という人物の歩み、思想、ビジョンに注目は集まりますが、それはすなわち、日本の防衛政策と日米同盟、そして地域の平和安定を維持する挑戦の象徴でもあります。
新たなリーダーシップの下、どのような変化と継続が生まれるのか。この人事は日本の未来にとって静かで大きな分岐点であることは間違いありません。