和歌山のパンダ返還へ──人々が抱く困惑と感謝、そして今後への思い
和歌山県白浜町にある「アドベンチャーワールド」が変わろうとしています。2024年5月、同園で飼育されているジャイアントパンダ「永明(えいめい)」と、双子の姉妹「桜浜(おうひん)」「桃浜(とうひん)」が中国へ返還されることが明らかになりました。このニュースは多くの人々に驚きと戸惑いを与えましたが、その一方で、感謝と感慨深い気持ちを抱く人も少なくありません。
全国各地から訪れたファンに愛され続け、多くの命をつないできたパンダたちの”帰国”。その背景にはどのような理由があり、日本と中国の間で育まれてきた交流の意義や、和歌山県におけるパンダの存在価値とは何だったのか──本記事では、ジャイアントパンダ返還に寄せられる人々の声や経緯、今後の影響までを丁寧に読み解いていきます。
■ 和歌山で育まれたパンダたちの物語
和歌山県白浜町の「アドベンチャーワールド」では、1994年にジャイアントパンダの飼育がスタートしました。その後30年近くにわたり、パンダの繁殖と育成に関して世界的にも高い評価を受けてきました。特に注目されるのは、雄の「永明」が国内外で最も多くの子どもを持つパンダとして知られていることです。
永明は1992年に中国・北京動物園で生まれ、2004年にアドベンチャーワールドで初めて子どもを授かりました。それ以来、これまでに17頭の子どもが誕生し、多くが海を越えて中国へと送られてきました。今回返還される桜浜と桃浜は、2014年に誕生した彼の娘たちであり、現在9才になります。
■ 「返還」の背景にある国際協定と協力関係
なぜ、和歌山のパンダたちが中国に返還されるのでしょうか。その答えは、ジャイアントパンダが野生動物保護の対象であり、中国政府が所有権を持っているという国際的なルールにあります。基本的に、世界中で飼育されているパンダはすべて中国からの「貸与」という形式であり、契約期間が終了する、もしくは繁殖活動を通じて子孫が誕生した後、数年内に中国に返還することが前提となっているのです。
例えば、「永明」が中国から貸与された時点では、飼育と繁殖の技術協力を目的とした契約が結ばれていました。その中でアドベンチャーワールドでは独自の取り組みを重ね、高齢ながらも父親として豊かな繁殖実績を残すという、世界的にも例のない功績を残してきました。
■ 困惑と寂しさ──県民・ファンの声
今回の返還を受け、市民やパンダファンの間では、喜びと寂しさが入り混じった複雑な感情が広がっています。白浜町の住民や観光客からは「パンダは白浜のシンボル。これまで大切に育ててくれたスタッフに感謝したいけれど、町の活気にも影響が出そうで不安」「孫と一緒に見に来るのが年中行事だった。今後の楽しみが減ってしまう」といった声が聞かれました。
またSNS上でも、「永明と一緒に写真を撮ったのが思い出」「育ての地である和歌山で生涯を終えてほしかった」といった投稿が多数見られ、いかに彼らが多くの人々に愛されていたかが伝わってきます。
一方で、「中国に戻って、今後の繁殖に活躍してほしい」というポジティブな声も寄せられており、単に惜別の寂しさだけではなく、新たな門出を祝う空気も感じられます。
■ 経済・観光への影響は?
アドベンチャーワールドは、和歌山県における観光資源の中でも特に高い人気を誇る施設です。パンダ目当てで訪れる観光客も多く、地域経済への影響は無視できません。特に「永明」には全国から多くのファンが集まり、イベントごとに町が賑わいを見せていました。
行政側もパンダの返還が地域に与える影響を注視しており、観光協会を中心に新たな魅力創出やイベントの企画が検討されているといいます。アドベンチャーワールドも今後のパンダ保護・研究活動に力を注ぐと発表しており、新たな体験型コンテンツや教育的役割を強化していく方針です。
■ 感謝と希望を胸に、新しい一歩を
「永明」がアドベンチャーワールドで育てられた約30年は、単なる飼育ではなく、“共に生きた時間”でした。命の循環と向き合いながら、多くの人が彼らの姿から優しさや自然への理解を深めたことでしょう。学び、癒し、そして希望——ジャイアントパンダはそれらを象徴する存在でした。
これから桜浜と桃浜、そして永明が向かうのは中国・四川省にある「中国ジャイアントパンダ保護研究センター」。そこではさらなる繁殖と保全の取り組みが進められており、和歌山で培われた知見や経験が、次世代へとつながっていくことが期待されています。
私たちは、この別れにただ悲しむのではなく、見送るという行為の中に「感謝」と「希望」を見い出すべき時に来ているのかもしれません。そしてまた、パンダたちが遺してくれた“命のバトン”を、次の世代へとどう伝えていくかが、今後の課題となるでしょう。
■ 最後に──和歌山に咲いた、パンダという希望の花
和歌山の地で、人々に笑顔を与え、地域に活力をもたらしてくれた永明、桜浜、桃浜。彼らが見せてくれた可愛らしいしぐさ、健やかに育つ姿、一生懸命に子育てをする様子は、今も多くの人の心に深く刻まれています。
そしてそれは、単に動物園の中の動物としてではなく、「命ある存在」として、愛され、大切に育まれてきた証でもあります。
パンダたちは旅立ちます。しかし、その存在が教えてくれた「生命の大切さ」や「他者を思いやる気持ち」は、これからも私たちの心の中に生き続けることでしょう。
ありがとう、永明。さようなら、桜浜と桃浜。またいつか、笑顔で会える日を願って──。