2024年6月、日本の展覧会シーンに大きな注目を集める一大イベントが開催されている。それは人気漫画『キングダム』の連載15周年を記念した大規模展覧会「キングダム展 — 信—」。東京の森アーツセンターギャラリーにて6月12日から7月15日まで開催され、原作者の原泰久氏自らが監修に深く関わったこの展覧会は、作品を愛するファンのみならず、歴史や芸術に興味を持つ層にも大きなインパクトを与えている。
『キングダム』は、2006年から週刊ヤングジャンプ(集英社)にて連載が開始された、中国・春秋戦国時代を舞台にした歴史大作。無名の少年・信(しん)が、「天下の大将軍」を目指して戦乱の世を駆け上がっていく姿を描いた作品である。史実に基づきながらも、フィクションならではの大胆なアレンジを加えたドラマチックな展開や、個性豊かな登場人物、非常に緻密で迫力ある戦闘シーンなどが多くの読者を魅了し、単行本の累計発行部数は1億部を突破している。
今回の展覧会では、特に作品初期から中盤にかけての見どころである「信」と「嬴政(えいせい/後の始皇帝)」の出会いから、共に中華統一という壮大な夢を誓い合い、数々の困難を乗り越えていく流れに焦点をあてて構成されている。タイトルが示すように、「信」というキャラクターの精神的な成長、仲間との絆、戦場で得た確信や覚悟がテーマとなっており、観る者の胸を打つ展示内容となっている。
展覧会の目玉は、最新描き下ろし原画約20点を含む300点以上の貴重な原画展示。この原画群には、原泰久氏が一つ一つのコマに込めた想いや熱量がそのまま感じられ、まさに”生”の『キングダム』を体感できる空間が広がる。加えて、数々の名場面を再現する大型パネルや映像演出も充実しており、視覚的・感情的にもその世界に没入できる設計がなされている。
担当編集者である集英社のヤングジャンプ編集部によると、今回の展覧会の舞台である森アーツセンターギャラリーは、かつて『ワンピース展』や『進撃の巨人展』など超人気漫画の展示が行われた場として知られ、その中でも今回の「キングダム展」は特に高い完成度を誇るという。館内にはフォトスポットも多数用意されており、訪れるファンたちが何度も足を運びたくなる仕掛けが多数なされている。
本展開催にあたって原泰久氏もコメントを寄せており、「信の信念を深く掘り下げるこの展覧会を通して、作品中の登場人物たちが抱える葛藤や決意を改めて観てほしい」と語っている。原氏の真摯な姿勢は、本作の魅力の一つでもある“登場人物の心理の深堀り”という点に顕著に表れており、それがゆえにキャラクターたちは単なるフィクションの存在を超えた“人間的なリアリティ”を持ち、多くの読者を虜にしてきたのだ。
では、原泰久氏とは一体どのような人物なのか。
原泰久(はら やすひさ)は、福岡県出身の漫画家。大学卒業後、地元・久留米市のIT会社に就職し、システムエンジニアとして働いていたという異色の経歴を持つ。漫画家を志したのは社会人になってからで、2003年に『スピリッツ』(小学館)で読み切り作品を発表しデビュー。その後、自らも大の中国史ファンであったこともあり、構想10年以上という壮大な時間をかけて作り上げたのが『キングダム』である。
驚くべきは、そのリサーチ力と構成力。原氏は、各登場人物の関係性や背景、史実と創作のバランスを精緻に保ちつつ、読む者を一瞬たりとも飽きさせないストーリーテリングを披露しており、その緻密さは同業の作家たちからも高く評価されている。特に、戦略性に優れた合戦シーンや、計算しつくされた伏線回収には定評があり、歴史漫画にありがちな敷居の高さを感じさせない“エンタメ性”を持たせている点が『キングダム』のユニークさでもある。
そんな原氏の描く「信」は、単なる成り上がりの武将ではなく、“人間の本質的な成長物語”の象徴と言っても過言ではない。過酷な戦場で“命を懸けて守るべきもの”を見出し、政治や権力、裏切りや信じることの意味に触れながら、それでもなお前に進む姿は、現代社会を生きる我々にも響くものがある。
なお、本展覧会は東京会場を皮切りに、今後は全国各地へ巡回する予定だという。2021年に開催された「キングダム展 — 信—」の第一弾が大好評を博したこともあり、今回の“第2章”とも呼べる展覧会には前回を超える熱気と注目が集まっている。また、『キングダム』はアニメ・映画化もされており、原作とはまた違った魅力を様々なメディアで展開しており、これによりさらにファン層を広げている。
社会が不安定さを増し、将来への展望が見えにくい今だからこそ、「信」という主人公の一貫した信念や仲間との絆を描いた『キングダム』は、多くの人々に勇気と希望を与えている。その精神をダイレクトに体感できるこの展覧会は、漫画ファンのみならず、何かを成し遂げたいと願うすべての人々へ向けた“現代の叙事詩”と言えるだろう。
原泰久氏が描き、信が生きた15年の軌跡は、これからも続いていく。次の戦場は、原画の中ではなく、あなたの心の中だ。