日本の政治の最前線である東京都内の閣議が行われた場で、自民党の重鎮であり、内閣官房長官も務めた経験を持つ菅義偉前首相が久々に注目を集めている。報道によると、自民党の次期総裁選を巡る動きが本格化しつつある中で、菅氏が後押しする政治家の名前が浮上しており、党内外を巻き込んだ新たな政局の火種となりそうだ。
この動きに注目したいのは、単なる権力争いの一つではなく、日本の経済・安全保障・外交政策をどのような方向に導くのかという、極めて重要な意味を持っているからだ。そしてその中心には、2020年から2021年まで日本の首相を務めた菅義偉氏という存在がある。菅氏の経歴、そしてその哲学をたどることで、我々は日本の政界が今どこに向かおうとしているのかを垣間見ることができる。
秋田県の農家の長男として生まれ、苦学の末、法政大学法学部を卒業。政治家の家系ではなく、金も地盤も名声もないところから這い上がった「叩き上げの政治家」として知られる菅氏。横浜市議を経て、2005年、小泉純一郎政権下で総務副大臣に就任、2012年には第二次安倍政権発足とともに内閣官房長官に抜擢された。安倍政権の7年8か月を支えた彼の手腕と地道な調整力は政界内外で高く評価されていた。
2020年、体調不良で辞任した安倍晋三元首相の後継者として、自民党総裁選に立候補し圧勝。当時、新型コロナウイルスの猛威が日本を襲う中で「危機対応型のリーダー」として期待を集めた。就任後はデジタル庁の設立、行政の縦割り打破、携帯電話料金の引き下げなど、着実な政策を実行。一方で、東京オリンピックの開催問題やコロナ対応などを巡り世論の風向きが変化し、2021年に総裁選には出馬せず退陣を表明した。
だが、政治家としての彼の影響力はなお衰えを見せていない。
今回話題となっているのは、その菅義偉氏が“次の世代”へと政治のバトンを渡す人物として、誰を支持するのかという点だ。現在、自民党内にはいくつかの有力な総裁候補の名前が取り沙汰されている。現職の岸田文雄首相をはじめ、河野太郎デジタル大臣、茂木敏充幹事長、高市早苗経済安全保障担当相などが挙げられる中、菅氏が推す可能性のある人物として浮上しているのが、上川陽子外務大臣だ。
上川陽子氏は1953年生まれ、静岡県出身。東京大学卒業後、ハーバード大学大学院で行政学を学び、国際的な感覚と学術的背景を兼ね備えた知性派政治家として知られる。2000年に自民党から衆院選に出馬し初当選。以後、法務大臣を複数回務め、外国人労働者問題や人権問題などで実績を積み上げてきた。2023年9月には外務大臣に就任し、G7外相会合でも存在感を発揮。国際交渉における冷静さと慎重なリーダーシップが多くの外交関係者から評価されている。
菅氏が上川氏を評価しているとされる理由は明快だ。彼は派閥政治から距離を置き、「実務能力」に重きを置くタイプであり、派手なパフォーマンスでなく、メディア受けよりも着実な政策実行力を尊重する姿勢だ。上川氏もまた、地道な仕事に精通し、余計な政治的ポーズを取らない「実務派政治家」として知られている。そうした点で、政治理念の共鳴があるのかもしれない。
実際、報道によれば菅氏が非公式の場で上川氏を高く評価しているという声が党内から漏れており、“菅チルドレン”や無派閥系の議員を含むグループが上川氏支持に傾く可能性があるという。これは、岸田首相や茂木幹事長が継承を目指す「主流派路線」に対するカウンターともなりうる。そして仮に上川陽子氏が次期総裁に選出されれば、日本初の女性首相も視野に入ることになる。
これは単なる“話題作り”ではなく、歴史的転換点とも言える動きだ。これまで女性政治家は日本の政権中枢においては限られたポジションに追いやられてきた。2014年に小池百合子氏が防衛大臣に就任し、2017年に都知事となったことは大きな話題となったが、未だ日本は女性首相を誕生させていない。もし上川氏が支持を集め、総裁に選出されれば、国内外でそのインパクトは計り知れないだろう。
また、日本を取り巻く国際情勢が緊張を増す中で、上川氏のような外交センスを備えたリーダーが求められているのも確かだ。中国の台頭、米中対立の深まり、ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮の動向といった課題が山積する現状、リーダーには強い外交力と長期ビジョンが必要とされている。
菅義偉氏が動くことで、自民党内の権力構造は再び大きな変化を迎える可能性がある。それは単に“次は誰か”という表層的な関心事ではない。日本の進むべき道、民主主義の成熟度、そして国際社会における日本の立ち位置を再定義する大きな試金石となるだろう。
今後数ヶ月間、自民党内の駆け引きは加速し、各陣営の動向が注目されることになる。そしてその中で静かに、だが確実に存在感を増している人物こそ、菅義偉前首相なのだ。
総裁選の行方は国民だけでなく、世界が見守っている。次なるリーダーの選定を通して、今こそ日本の政治の成熟度が問われる時期に来ているのかもしれない。