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柄本明、全身全霊の3200km──老いを旅するNHKスペシャル『90歳。何がめでたい』の舞台裏

日本を縦断した過酷な旅──柄本明さん「3200kmのロードムービー」に挑んだ舞台裏

日本を代表する名優の一人、柄本明さんが、2024年夏に放送予定のNHKスペシャルドラマにて、乗用車ひとつで全国3200kmの旅を敢行したことが話題になっています。これまで数多くの映画やドラマに出演し、多彩な役柄を演じてきた柄本明さん。今回、彼が挑んだのは、90歳目前の主人公が全国を巡るロードムービーという、これまでにない作品でした。この記事では、そのドラマの内容と柄本さんの旅の様子、そして作品を通じて私たちに伝わる深いメッセージについて掘り下げていきます。

柄本明さんが挑んだ本作『90歳。何がめでたい』は、作家・佐藤愛子さんの同名ベストセラーエッセイを原作としたドラマです。90歳を迎えた主人公が自らの過去や現在、そしてこれからを見つめ直しながら、日本各地を旅する様子が描かれています。旅を通じて出会うさまざまな人々との交流、移り変わる四季の風景、そして老いと向き合う心の葛藤――それらすべてが丁寧に織り込まれ、見る者の心を動かします。

柄本さんは取材の中で「ただの芝居ではなく、かなり本気のロードムービーだった」と語っています。実際、ロケでは日本列島を縦断するかたちで走行距離3200kmを完走。東京都内を出発し、青森から九州に至るまで、全撮影車両でちゃんと車を走らせながら実際に各地を巡ったとのことです。近年、CG技術やセットによる撮影も多い中、実際の土地の空気を映像に取り入れるというこのこだわりが、作品に生命力とリアリティをもたらしているのです。

「運転はほとんどしなかったけれど、車に乗っている時間はものすごく長かった。しかも、各地では地元の方々とも触れ合って、その土地の空気をしっかり感じた」と柄本さんは語ります。この“旅”が、ただの演技ではなく、俳優・柄本明の一人の人間としての実感を伴ったものであったことは、言葉の端々からも伝わってきます。

この作品のもう一つの注目点は、年齢を重ねることへの肯定的なまなざしです。現代社会では、高齢化が進む中で“老い”にどこかネガティブな印象がつきまとう傾向が見受けられます。しかし『90歳。何がめでたい』は、老いを恐れるのではなく、“人生を長く積み重ねてきた証”であると受け止め、そのありのままの姿を描き出しています。

主演の柄本さん自身、74歳(2024年時点)を迎えるベテラン俳優ですが、90歳役を演じるにあたっても、特に年齢に関する違和感はなかったと言います。「年をとるって、外から見たら変化があるけど、自分の中ではあまり変わらない。だから、90歳でも、自分の延長として自然に演じられた」と話しているのが印象的です。

また今回のドラマは、俳優たちの自然体な演技や美しい日本の風景を通じて、「人生の終盤にこそ訪れる深い豊かさ」や、「何歳になっても人は新しい何かを見つけられる」というメッセージを優しく、しかし力強く伝えています。若い世代にとっては将来の自分自身を思い描くきっかけとなり、年配の視聴者には共感と勇気を与える作品になるでしょう。

柄本明さんは、長年の役者人生を通じて、どんな役にも正面から向き合い、リアルさと情感を大切にしてきました。今回の旅を経て得た経験もまた、彼の演技にさらなる深みをもたらしていることでしょう。過酷な移動と限られた撮影スケジュールの中でも、各地での撮影を通じて人々の暮らしや風土に触れ合ったことが、画面の向こうにあるリアルを生み出しているのです。

このドラマは、視覚的にも非常に豊かです。東北の雪景色、瀬戸内海の穏やかな波、美しい里山の風景……日本各地の魅力が詰まっており、まるで自分が一緒に旅をしているような気分にさせてくれます。風景と人々、そして柄本明さんという名優の演技が相まって、ひとつの壮大な詩のような映像作品に仕上がっています。

現代社会は、何かと慌ただしく、効率やスピードを求められる時代です。そんな中で、「少し立ち止まって、これまでの人生を振り返ってみる」「人との対話を大切にする」といった価値を思い起こさせてくれる本作。柄本明さんが車で全国を旅しながら、その土地土地で感じ取ったリアルな空気や感情が、多くの視聴者の心に届くことでしょう。

人生という旅は、決して一直線ではありません。寄ったり戻ったり、時には道に迷うこともあるでしょう。でも、そんな旅路の中にも喜びや出会いがあり、「何がめでたい」と言える瞬間が必ずあるのです。

このドラマを通して、「年齢を重ねた先にも光がある」「どう生きるかは、自分自身で選んでいい」という前向きな思いが、視聴者に優しく届くことでしょう。

放送が近づく中で、柄本明さんが全身全霊で演じたこの旅の記録が、多くの人々に感動と気づきを与えることを心から願います。年齢や世代を問わず、誰もが抱える悩みや不安のヒントになるかもしれないこの作品を、ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。